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上切原
【かみきりばら】


旧国名:紀伊

古くは切原と称した。熊野川中流左岸に位置する。地名について「続風土記」に「昔谷中の原野を切開きて梯田となしたるより此名起れるならむ,文字或は桐原霧原霧晴とも書けり,皆借字なり,桐野谷郷に同名あるに向へて土人上切原といふ」とある。切原については桐原とも書き戦国期の史料に散見する。文明15年12月20日の桐原連署衆中銭借用状案に,「かり申れうそく(料足)之事 合二貫文……かり主桐原之連所(署)衆中」と見え,鬼城の衛門から借銭している(松本家文書/県史中世2)。なお応永2年11月12日の借銭状の裏書に,「此あさり之状,切原の田事……文明十三年亥三月十七日」と記されている(米良文書/熊野那智1)。逐次書き継いだ某寺算用状の永禄年間ごろの記載に,「桐原 花蔵一貫文」と見えるが(湯川家文書/県史中世2),これについては江戸期の「続風土記」上切原村の項に「花蔵寺〈南向山 禅宗臨済派海部郡由良興国寺末 村の西にあり〉」とある。なお地内には宝篋印塔,吹越山には役行者堂があり,古くからの修験道の霊場であった。
上切原村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
上切原(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7171032