岩倉
【いわくら】

旧国名:伯耆
古くは岩蔵とも書く。小鴨川の支流岩倉川の中流域に位置する。地名の由来は,小鴨氏が京都の地名を居城周辺に移したものの1つといわれている。西側の尾根の先端に家ノ後ロ古墳がある。その付近からは縄文土器が出土。集落の南東に接して独立峰があり,小鴨氏の居城岩倉城の跡がある。小鴨氏は平安末期の治承・寿永の乱で「吉記」にその名が見え,「玉葉」「源平盛衰記」にもその名があげられるように伯耆(ほうき)国内の有力武士であった。岩倉城背後の水田から出土した石造の十三重塔は鎌倉中期のものとみられる(史跡と美術461)。岩倉の城山は輝石安山岩を基盤にしており,その石は古くから石材として利用され,伯耆国分寺塔跡の地覆石は岩倉石といわれるが,当地から運んだものか否かは不明。
【岩倉(中世)】 戦国期に見える地名。
【岩倉村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【岩倉(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7174341 |




