今町
【いままち】

旧国名:備後
(近世~近代)江戸期~現在の町名。江戸期は福山城下の町人屋敷地。福山城の東,北は大黒町,東は東町,南は笠岡町,西は鍛冶屋町・府中町。もとは通町の一部で,武家屋敷地であったが,寛永末年町人屋敷地となった。町名は,古い町人屋敷地に対して新しく成立した町人屋敷地ということに由来するという。「備陽六郡志」によれば,町の規模は127間余・1,706坪余,戸数66(本家26・表借家32・裏借家8)。「福山志料」では,長さ127間余,戸数70・人数171。明治21年の戸数47・人口170。同22年福山町,大正5年福山市の町名となる。同6年の戸数40・人口215。昭和20年8月空襲をうける。同40年一部が大黒町となり,笠岡町・鍛冶屋町・東町・下魚屋町の各一部を編入。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7187701 |




