過戸廬城部屯倉
【こしべのいほきべのみやけ】

旧国名:安芸
(古代)奈良期以前に見える屯倉名。安芸国のうち。「日本書紀」安閑天皇元年閏12月是月条によれば,大和に出仕している安芸の豪族廬城部連枳
喩の娘幡媛が物部大連尾輿の瓔珞(首飾)を盗んで春日皇后に献上したことが発覚,娘の罪を贖うため枳
喩は「安芸国過戸廬城部屯倉」を天皇に進献したと伝える。「和名抄」安芸国佐伯郡伊福郷の郷名は当屯倉に関連するものとされ,現安佐南区祇園町地区付近に位置したらしい(旧県史・県史)。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7188916 |




