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八尋
【やひろ】


旧国名:備後

「やぁろ」ともいう。竹田川右岸,神辺(かんなべ)平野の東縁。南部丘陵地に戦国期の和名木城跡がある。戦国期は備後国衆杉原氏の所領であったが,天正19年以降は毛利元就の八男元康の所領となる。天正末年から慶長初年にかかる年未詳の五組衆再検高付立に「先給高 一,四百拾八石二斗七升 八尋,御再検分 六百九十三石三斗九升 同所」とあり,毛利氏は従来の評価額の倍近くを打ち出している(毛利家文庫新整理分)。当地にある真宗大谷派福生寺は,毛利家臣の藤間兵部の開基と伝え(福山志料),また二宮神社は,古くは社領70貫を有したが,天文3年に火災にあい,こののち杉原盛重が社領を25貫に削減,元康の代にすべて没収されたと伝える(水野記)。
八尋村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
八尋村(近代)】 明治22年~昭和16年の自治体名。
八尋(近代)】 昭和16年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7191391