吉川
【よしかわ】

旧国名:安芸
西条盆地の西端。地名の由来は,もとは「原」であったともいい,槌山城合戦で主役を勤めた山県郡の吉川元春にちなんでその氏の文字をあてたという説がある(明治42年の現勢調査簿)。槌山城は桜ケ岳ともいい,南北朝期南朝に与した西条一族らが挙兵した。戦国期には東西条を分国に組み入れた周防大内氏がその拠点とし,大内義興・大内義隆は安芸国守護をかねたので,「守護山」とも呼んだ。天文20年9月大内氏に反逆した陶晴賢の命で毛利・吉川・小早川の兵が攻め落城,大内氏の支配は終焉した(吉川家文書など)。
【吉川村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【吉川村(近代)】 明治22年~昭和31年の賀茂郡の自治体名。
【吉川(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7191504 |




