阿賀
【あか】

旧国名:周防
北・東・西を山塊に囲まれ,その間を下畑川が南流する。地名の由来について速田神社縁起によれば,大昔に筑前国宗像(むなかた)郡より宗像大明神をこの地へ勧請した時,雲霧が非常に深く,闇夜のようで昼夜の区別もつかなかった。その時,この神がはや田(早稲)の稲穂を取って,祓をすると深い雲霧が消えて空全体が明るくなった。そこで明村と言うようになり,のちに阿賀と誤記するようになったという(注進案)。国近遺跡からは弥生初期以前の角閃石輝石安山岩製の磨製石斧が出土し,その石質から上関町や大島町周辺との交流を推測させる。
【阿賀郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
【阿賀村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【阿賀(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7191649 |




