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桟橋通
【さんばしどおり】


(近代)昭和11年~現在の高知市の町名。1~6丁目がある。もとは高知市潮江の一部。町名は,地形および将来を考慮して名付けられたという(高知市史)。潮江橋から高知港へ南北に通る電車通に沿う地域で,5~6丁目は浦戸湾に面している。土佐電鉄は,明治37年桟橋~梅の辻間が開通したのち,本町線の堀詰へ連絡軌道が敷設されたが,昭和3年梅の辻から播磨屋橋を経由して高知駅に至る現路線に切り替えられた。昭和13年の高知港(旧浦戸港)開港に前後して,潮江地区にいわゆる港地区工場地帯が形成された。地内にも大正15年創立の南海晒粉株式会社土佐工場(現南海化学工業)に加えて,昭和11年高知電気工業(現神戸製鋼所土佐工場),同14年宇治電化学工業が設立されており,これらは現在港6社と通称されるうちの3社である。同17年県立高知工業青年学校(現県立高知工業高校)が地内に移転。同20年の高知大空襲では死亡1名・重傷3名,建物全壊5戸・半壊25戸の被害がでた。同34年一部が北百石町1~2丁目となり,同時に北百石町の一部を地内に編入。また,同44年住居表示実施により,一部が潮新町1丁目となり,同時に港町・新港町の全域と萩町の一部を編入。昭和33年高知総合高等職業訓練校,同36年潮江市民図書館,同47年市立青年センター・県民体育館,同50年南消防署,同59年高知南警察署が設置されたほか,高知海上保安本部・高知港事務所・フェリーターミナル・水産研究所などがある。世帯数・人口は,昭和30年1丁目604・2,286,2丁目133・421,3丁目108・415,4丁目76・266,5丁目141・545,6丁目186・693,同35年1丁目276・933,2丁目189・669,3丁目491・1,520,4丁目89・300,5丁目226・756,6丁目180・594,同50年1丁目198・498,2丁目213・546,3丁目769・1,796,4丁目262・622,5丁目193・483,6丁目161・350。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7205906