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高三潴
【たかみずま】


旧国名:筑後

筑後平野のほぼ中央部,筑後川下流左岸,長峰筋の洪積台地の縁辺に位置する。沖積世の海退現象によって形成された広大なデルタを望む地にあり,すぐ下が海であったことが推測される(新考三潴郡誌)。地名は古代水沼(水間)県と称し,中世三潴荘と唱える。地名の由来は,当地が沼沢が多く,真沼(みぬま)の意味からか。また三潴荘の中心地で高地の方であるところからとも思われる(同前)。小字にはないが岸ノ江と呼ばれる地域があり,塚崎の東方の字北小路に最着塚があり,付近は往昔船着場であったといわれている。神功皇后の朝鮮出兵伝説によれば,武内宿禰が着いた所で,のち当地に陵墓を営んだという。天智8年法相宗の僧が高三潴の高良廟に詣でて入唐したと「吉山旧記」に記載されている。弘仁5年字塚崎に妙覚院が創建された(三潴郡誌)。字館に高三潴式部少輔の館跡がある。天正6年の筑後領主附によれば,高三潴式部少輔が高三潴に居り300町余を領すとある(大友史料24)。字塚崎西畑には御廟塚や貝塚,塚崎東畑には烏帽子塚がある。「たかみづま」の仮名表記を用いることもある。
高三潴村(中世)】 鎌倉期~戦国期に見える村名。
高三潴村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
高三潴(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7212450