東久留米
【ひがしくるめ】
旧国名:筑後
久留米段丘の南東部にあり,南部を筑後川水系の池町川が流れる。15世紀初めに名の見える久留米は,戦国末期には東久留米・西久留米に分かれた(久留米市誌)。文禄2年3月18日の高良社神職名知行所数注文案には,「東久留米」の地名がある(高良大社文書/郷土研究筑後2)。久留米城下町形成につれて圏域は狭まり,南部の農村部に地名を残すに至った。
【東久留米村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【東久留米(近代)】 明治22年~大正14年の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7214064 |