久賀島村
【ひさかじまそん】

旧国名:肥前
中世には千坂島と称したという。五島列島の久賀島に位置し,田ノ浦瀬戸を隔てて福江島を南西に望む。北に湾口を向けて久賀湾が深く湾入し,東部に番屋岳,南部に白岳に続く丘陵帯がとり囲んで海岸線まで押し迫り,特に西側は屹立した断崖となっている馬蹄形の島である。諸河川流域では開墾と干拓により,耕地拡張が続けられた。地名の由来は,寛永15年に旧名千坂島を久賀島と改めたという(大坪氏遺稿)。別に瓢島(ひさごじま)と記されているものもあるが,これは瓢箪の形に似たくびれた海湾の地形によるという(文政天保国郡全図大名武鑑)。戦国期には千坂と見える。
【久賀島村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【久賀島村(近代)】 明治22年~昭和32年の南松浦郡の自治体名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7222483 |




