糸石
【いといし】
旧国名:肥後
水晶山の北麓,小熊野川および糸石川(浜戸川上流)流域に位置する。糸石川流域に広い田地,水晶山の北西の小熊野川と糸石川に挟まれた小高い台地上に畑地を有する。水晶山の北西麓に,天正9年12月御船城主甲斐宗運と八代(やつしろ)城主相良義陽が戦った古戦場の響ケ原がある。旧薩摩街道沿いの森にある相良堂は,この戦いで敗死した相良義陽の墓といわれる。
【糸石村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【糸石(近代)】 明治22年~現在の豊野村の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7223730 |