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蓼池
【たでいけ】


旧国名:日向

「たじいけ」とも呼ぶ。また,江戸期までは勝岡ともいった。都城盆地東北部,大淀川支流の樋口川と花之木川の合流点から大淀川支流沖水川の間,および沖水川扇状地の扇央部である高木原の一部にかけての平坦地に位置する。南に勝岡城跡の丘陵があり,扇状地を区切っている。水利の便が悪い反面,沖水川沿い一帯は増水期に水害をうけやすい地域であった。中世は三俣院島津荘に属し,鎌倉期は北郷氏の支配下にあったと推定される。その後,鎌倉末期に島津資久が勝岡城を拠点とし樺山氏と改姓。明応4年より伊東氏領,天文3年北郷氏領,文禄4年伊集院氏領,慶長5年より再び北郷氏改め島津氏(都城)領となる。
蓼池村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
蓼池(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7235414