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東間切
【ひがしまぎり】


(近世)江戸期~明治41年の間切名。奄美諸島北端,喜界島東北部に位置する。金樽一流系図に「勘樽金,又伝大和之大船入津東間切於瀬王湊所乗船人数多也」と見える(奄美大島諸家系譜集)。琉球国喜界島のうち。喜界島五間切の1つ。鹿児島藩直轄領。郷には属さず,はじめ大島奉行,元禄6年からは喜界島代官の支配下に置かれた。早町・塩道・長嶺・白水・嘉鈍・阿伝の6か村からなる。間切高は,万治竿高1,776石余(大御支配次第帳/道之島代官記集成),元禄5年1,750石余(鬼界島帳留/藩法集8),「琉球国郷帳」「天保郷帳」ともに1,986石余。「琉球国郷帳」によれば,田高1,912石余・畠高60石余・桑役12石余。明治8年鹿児島県に所属。同12年大島郡に属し,同41年当間切6か村は喜界村となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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