瀬底
【せそこ】

旧国名:琉球
方言ではシークという。沖縄本島北部,本部(もとぶ)半島西方の海上に浮かぶ瀬底島と水納(みんな)島とからなる。瀬底島には沖縄考古編年前期~後期,グスク時代の各期の遺跡が発見されている。口碑伝承によると,ウチグスク貝塚一帯の7煙と呼ばれた7軒が島の発祥の家とされる。成化5年(1469)第一尚氏王統最後の国王である尚徳の死後,同系の北山監守今帰仁(なきじん)按司の一子が瀬底島に渡り,ウチグスク(内城)に住み,一村を創建したという。これが瀬底の草分けといわれる(島袋源一郎:瀬底島大城門中元祖由来記)。また具志川村から移動して集落を形成したとも伝える。シークタナカ(瀬底島と沖縄本島間の内海)は,外海航路船の避難所として知られている。
【瀬底村(近世)】 王府時代~明治41年の村名。
【瀬底(近代)】 明治41年~現在の字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7240852 |




