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田村郡


豊臣秀吉の奥羽仕置により蒲生氏郷の領有する会津領となり,以後慶長3年上杉氏,同6年蒲生氏の支配下に置かれる。寛永4年加藤氏入部により会津藩領となる。同年南部は白河藩領となり,同20年の当郡内の所領高は1万8,730石余。残りの会津藩領は正保元年50か村3万石は幕府領,38か村2万2,731石余は白河藩預り地,2か村2,268石余は二本松藩領となったが,翌2年三春藩の立藩により同藩領88か村5万5,000石となる。ほかに30か村約2万石は延宝6年まで二本松藩預り地。元禄13年守山藩が立藩し,二本松藩預り地であった守山周辺26か村1万8,712石余は同藩領となる。寛保2年には白河藩領のうち山神村など17か村1万3,547石余は幕府領に,谷田川村など9か村6,589石余は越後高田藩分領となる。延享4年11か村9,158石余は常陸笠間藩分領となる。「旧高旧領」によれば,明治初年の所領構成は,三春藩領83か村5万6,867石余,松川藩(守山藩)領31か村1万8,269石余,幕府領15か村1万1,099石余,常陸笠間藩分領14か村9,136石余,三春藩分領7か村5,000石。村数と村高総計は,正保年間に村数は不明,村高は8万7,536石余,元禄年間150か村9万4,130石余,天保年間162か村10万6,752石余,明治初年に150か村11万2,055石余。三春城はすでに戦国期からみられるが,町割は三春藩立藩後確定した。城下の戸数は明和5年455軒,天明6年406軒,人口は享保4年3,008人,嘉永3年1,751人。守山藩は守山に陣屋に置いた。本郡は葉タバコ・馬の特産地として知られていた。明治元年岩代国に所属。磐前県を経て明治9年福島県に所属。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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