新地(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ安静村,昭和30年八千代村,同47年からは八千代町の大字。明治24年の戸数50・人口326,厩15。明治末期長野・北海道の各師範学校教授を歴任し,のちに群鵞会の顧問にもすえられた漢学者・書家の関米吉(号精軒)は明治~大正期にかけて郷里の当地で私塾を開く。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7274469 |
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明治22年~現在の大字名。はじめ安静村,昭和30年八千代村,同47年からは八千代町の大字。明治24年の戸数50・人口326,厩15。明治末期長野・北海道の各師範学校教授を歴任し,のちに群鵞会の顧問にもすえられた漢学者・書家の関米吉(号精軒)は明治~大正期にかけて郷里の当地で私塾を開く。

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