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貝塚村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。蒲原郡のうち。はじめ村上藩領,宝永7年幕府領,享保9年一部が三日市藩領となり,幕府・三日市藩の相給となるが,幕府領分は寛保2年白河藩領,文政6年忍藩領と変遷し,天保6年再び幕府領となり,以後は幕府・三日市藩の相給。村高は,「正保国絵図」250石余,「元禄郷帳」244石余,「天保郷帳」296石余。「旧高旧領」での所領別内訳は,幕府領40石余・三日市藩領256石余。延宝9年頃の高反別免割家数人数帳によれば,高266石余,家数24・人数175。小字に五日市があり,紫雲寺潟の干拓前には船便の要所として定期市が開設されていたと考えられている(加治川村誌)。鎮守は八幡神社。明治12年北蒲原郡に所属。同18年の戸数41・人口206,倉庫3,職工5,社寺7,水車場20,馬3,田28町余・畑4町余(金子村戸長役場村勢一覧)。同22年金塚村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7307904