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池河内(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ松永村,昭和26年からは小浜市の大字。明治24年の幅員は東西5町余・南北3町,戸数69,人口は男169・女175。同25年従善分校を廃止し啓心尋常小学校の分教場を設置。同31年池河内分教場を廃止し三分一分教場に合併。同37年から尋常科1・2年については池河内仮教場を復活させて授業を行った。同40年松永青年会池河内支部が結成され,社会教育として幻灯会・談話会・巡回文庫,生産活動として農作物試作地での耕作や植樹を行った。明治初期に森林資源の乱開発を行ったため苗木の増植を余儀なくされた。それにより,明治43年保証責任池河内信用販売購買組合を結成し,協同販売・協同購入を行い産業の育成を図った。同年門前に新分教場が設置されたため池河内仮教場は廃止された。大正2年の水田16町3反・石高95石,畑1町2反・石高15石(松永村誌)。大正期から昭和初期まで地内をあげて養蚕が行われ,上野と並び松永村の2大産地となった。世帯数・人口は,大正9年67・321,昭和10年66・323,同30年65・307。同44~50年土地改良が行われた。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7329221