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安居村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。駿河国有渡【うど】郡のうち。はじめ中村氏領,慶長5年駿府藩領,元和2年からは久能山東照宮守衛の旗本榊原氏領。村高は,「元禄郷帳」「天保郷帳」ともに3石余,「旧高旧領」4石余。元和年間には6戸であったことから「六軒屋」と称したという(久能村誌)。村内には久能山東照宮に奉仕する禰宜20人の屋敷がおかれ通称禰宜町といわれ,承応3年久能山守衛のため設置された与力8騎と同心30人の半数が西組として居住した(駿国雑志)。村内は水田がなく畑のみで蔬菜類を作ったほか,漁業・製塩も盛んで,産物として「浜やしや」が有名であった。神社は安居神社・地御前社・大灘神社,寺院は曹洞宗石蔵院・浄土宗照久寺(駿河記)。元和2年徳川家康死去に際して殉死した井出八郎右衛門の墓があり,当地では大ボトケと称して瘧【おこり】を病んだ者が祈願すると験があるとされた(駿河国新風土記)。明治元年~同2年,新番組および勤番組と称する旧幕臣が当村と根古屋村に来住したが,同2~3年ほとんどが他へ転住した。明治2年の人口285(久能村誌)。明治元年駿府藩領(同2年静岡藩と改称),同4年静岡県に所属。同5年当村に居住していた東照宮の禰宜たちは罷免され明治末年までに全部他へ転じた(久能村誌)。同21年の戸数69・人口586(久能村誌)。明治22年久能村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7347509