梅本(中世)

室町期から見える地名。那賀郡小川荘のうち。応永32年5月26日の天野社一切経会段米納日記(高野山文書/大日古1‐4)に「一,小川庄内……九升 梅本」と見える。下って天正19年10月日の高野山寺領注文(勧学院文書/高野山文書1)に「八百六拾五石壱斗〈おかわ,さかもと,ふく井,大の,中田,梅もと〉」と見える。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7403533 |
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室町期から見える地名。那賀郡小川荘のうち。応永32年5月26日の天野社一切経会段米納日記(高野山文書/大日古1‐4)に「一,小川庄内……九升 梅本」と見える。下って天正19年10月日の高野山寺領注文(勧学院文書/高野山文書1)に「八百六拾五石壱斗〈おかわ,さかもと,ふく井,大の,中田,梅もと〉」と見える。

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