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田並上村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。牟婁【むろ】郡のうち。和歌山藩領御蔵所。江戸初期に田並村から分村したという(続風土記)。「元禄郷帳」には「田弁上地村」とあり,「天保郷帳」には「古者田弁上地村」と注記されているが「田弁」は「田並」の誤りと考えられる。村高は,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに324石余。御高並村名帳によると江田組に属し,村高324石余うち新田高5石余(南紀徳川史10)。「続風土記」によれば,家数74軒・人数312,「田並川の谷間にありて,農事を専とす」とある。寛延3年田並上村の苫草を田並浦の者が勝手に刈ったことから村争いが起きているほか,何回か村争いを繰り返した(小川家文書)。幕末には凶作や飢饉のため,たびたび引免や米の貸下げ,お救米を願い出ている(同前)。神社は当村と田並村の氏神である天満宮がある。明治4年和歌山県に所属。同6年には戸数75,男176・女187。同12年西牟婁郡に属し,同22年田並村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7405306