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明治23年〜現在の大字名。はじめ三都村,昭和29年からは池田町の大字。明治24年の戸数98・人口484(男261・女223),幅員東西27町・南北12町余,寺1,小船3(徴発物件一覧)。同年の反別189町9反余,うち田6町9反余・畑35町2反余・山林144町8反余。同27年90戸・474人,同32年540人,同42年88戸・484人,大正2年89戸・515人。農業を中心とし,そのほか漁業,果樹栽培,麦稈製造などが行われた。石材は森口政治郎が始め,庭石を中心とし,板石・延石・築石などがあった。砂糖製造は三都村のうちで最も盛んで,天保年間から明治初期にかけても多く,池田・土庄【とのしよう】・淵崎から砂糖黍を買い入れて製造し,昭和初期には機械6台を数えた。明治35年漁業組合創設。鰆は富士瀬に多く,当地には枡立網のほか鰯網1帖があり,烏賊・鯛・鰹・鰡・海鼠もある。麦稈真田編みは岡山から麦稈を入れて明治19年四海村の九富林三が始めたもので,のち当地にも導入された。瓦製造は明治40年から始まり,阪神,岡山地方に積み出した。果樹には夏橙・ミカン・梨・ネーブル・桃・イチジクがある。道路は神浦線が明治41〜43年にかけて二面から吉野そして蒲野へと延長された。明治27年吉川伊勢造が軽便を始め,毎日土庄・淵崎へいき小荷物運搬,購入物の依頼を受けた。吉野港は遠浅で,満潮時には水深6尺5寸,干潮時には無水であった。同港からは多くの石材・庭石や薪松葉・裸麦・サツマイモ・砂糖黍・雑穀などが積み出された。世帯数・人口は昭和35年93・393,同45年89・341,同55年85・294。同年の農家数35,うち専業農家3・兼業農家32(うち第1種兼業が5)。
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